8月17日はダイビング、のはず・・・。
実はこの日、南米のどこかで地震があって、北海道と東北の
太平洋側に津波警報が有り、海上保安庁からの通達で、
海でのダイビングはできない事に・・・ぶぅ・・・。
ということで、知床ダイビング企画の関さんが、「カラフトマスの
遡上を撮りに行こう」と言ってくれて、知床半島東へ移動、刺類川河口へ。
すんげぇ~、の、一言。
僕の言葉は省略、とにかく写真を並べておく。
黒いのは全部カラフトマスです、こんなに・・・。
刺類川の河口と、羅臼在住水中写真家の関さんです。
オレンジのドライスーツが見えるでしょ?
ここから下の写真は滝つぼ。
水深はせいぜい深くても2mくらいです。
足ヒレつけないで入ったのだ。
流れのある川で、身体を固定して写真を撮る、ということは、ウエイトを
重くして、自分がその場にいれることが大事だということが判った。
しかし、何万匹いるのだ?
最初レギュレーター咥えて、タンク背負って河口付近の滝つぼに
入ったときは正直怖かった・・・。
周りが全部カラフトマスだらけなんだもんなぁ~。
自分が喰われそうです。
しかし、アゴを突き出し、背中がボン!っと出っ張って、ピンクになってる
雄は凄く綺麗だった。
感想:「はぁ~、本物は違う!」
羅臼って海に潜らなくても大丈夫なところだ。
しかし、日本のレジャーダイバーで、海で刺し網と、川でカラフトマスと
潜ったダイバーなんてそんなにいないだろうな(^^)。
夜は関さんに誘われてBBQ。
蟹あり海老あり肉やおにぎりまで、差し入れなんかもいっぱいあって
感謝感謝です(^^)。
僕は東京に住んでいるので、年にそんなに多く行けるわけではないが、
たまにしか行かない僕なんかも快く迎えてくれてます。
来年また行かせていただきます。
8月16日にウトロから知床峠へ。
知床峠に入るの約4年振りだ。羅臼には毎年行っているものの、
今年のゴールデンウイークも含めて、毎年行く時期はまだ通行止めに
なっていて、本当に久しぶりに通れたのだ(TT)。
結構うれしい~。
ということで今年の知床峠の写真。
エゾシカは相変わらずいっぱいいる。
人間が近づいても逃げる気配もない。少しは逃げろよ~(^^;)。
今年は残念ながら、峠付近は霧とガスで、連山が見えない(--;)。
八合目までは天気が良かったのにぃ。
山の天気と女心?はわからん・・・。違ったか???
羅臼側に来てもやはり八合目付近まで下ると晴天だ。
しかしの天気って怖いなぁ。
ちなみに6年前の10月一週目に知床峠に行って撮った写真。
秋晴れの知床連山と、牡鹿の喧嘩に遭遇!、角をぶつけ合っていた。こわぁ・・・。
この時は天気がメチャクチャ良かった(^^)。
今年はちょいと残念だ。
羅臼に着いたらそこそこ天気が良く、展望台から眼下には羅臼の
街並みと、海の向こうには国後島なんかもはっきり見える。
ということで、本日の僕の宿と夕食です。
宿は初めて泊まる「旅の途中」という民宿で、夕食は頼んでなかったので、
市場のようなところへ買出しに行く。
市場のおっさんからちゃんと買ったタラバ蟹の外子(ソトコと読みます)、
ツブ貝、その市場でおっさんが「おまけ」でくれたタラバ蟹のフンドシと身。
こんだけあって払ったお金は1000円ポッキリ!
これと、北海道限定販売のビール「サッポロクラッシック」で結構満足!
田舎の人情にはいつも感謝感謝でございます。
どこから書こう?
16日からまたまた一人車で約450km。
知床は羅臼町へ向かう。
途中であちらこちらと寄り道だ。
サロマ湖の道の駅。ここには毎回寄って、ホタテ焼きを食べる。
ウトロでは「オロンコ岩」に登ってみた。
運動不足の僕は脚ががくつく・・・(^^;)。
オロンコ岩は登るには大変。急な階段が続いているのだ。
しかししかし、写真を撮ったのだが、頂上付近では、カモメが僕のすぐ手が
届きそうな空中でホバリングしてる。
登る時より、降りる時は勇気がいるなぁ、すんげぇ急なんだよね(^^;)。
しばらくブログを更新していなかった。
20日に東京に戻ってきたので、やっと更新する。
9日夕方のANA機に乗って空路千歳へ。
千歳からバスで札幌市内へ。
従兄弟の嫁さんが迎えに来てくれて、その後ススキノへ。
その従兄弟と呑みまくって、最後はラーメン横丁の「おぢぢ」で
味噌ラーメン喰って従兄弟宅に帰宅。
しかし、今年の北海道は暑くて湿度も高い!マジで地球温暖化の
影響だろうか?
8月14日には、普通の観光客は絶対に行かないような場所に行ってきた。
7月も辺野古だったし・・・。
今回はもっとマニアック?な「築別炭鉱(チクベツ タンコウ)跡地」。
昭和30年代までには何と6000人程が住んでいた、炭鉱町の跡地。
今風に言えばゴーストタウンだな(--;)。
ということで、何枚かの写真を並べてみた。
学校や病院、炭鉱員の宿舎、火力発電所のでっかい煙突、事務所、
この炭鉱町のためだけに引いた汽車のレール、鉄橋、消防署などなど。
さすがに建物内部に入る気は起こらなかったが・・・。
たった30年か40年前まではこの地には6000人が町を形成していたことを
思うとまさに、「夢、夢の後」って感じだ。
閉山したのは昭和44年だったというので、本当に最近のことなんだと
気ずかされた。
日本のエネルギー政策の転換で、日本のほぼ全ての炭鉱が閉山に
追い込まれたのだ。
しかし、この歴史の1ページが、実家から車でたった1時間半程度の
場所にあるなんて知らなかったなぁ。びっくりです。
築別炭鉱跡からの帰り、道路と田んぼの間の溝にバイクとヘルメットが見える。
「あれ???、何で?」。
さっき自分が車で走った時にバイクなんてすれ違わなかったし・・・。
「人が動いてたなぁ」と、思い。
車をUターンさせて戻ってみると、若いおにーちゃんが道路に出てた。
僕:「事故ったのか?見た目には事故だよね」
怪我はしてないようだ。
おにー:「ええ、事故りました」
僕:「どこから来たの?僕とすれちがわなかったよね?」
おにー:「炭鉱跡のすぐ近くに従兄弟夫婦が住んでて、遊びに来てて、
これから旭川に帰るとこでした」
僕:「そこに乗せていってあげるよ」
おにー:「その前にバイクを何とかしたいです」
僕:「おいおい、400ccの単車、僕と君だけじゃ道路に持ち上がらないよ」
おにー:「じゃあせめて、溝の中でいいので立てたいです」
ということで、横に寝てるバイクを溝の中で起こして、サイドスタンドを立ててやる。
前輪のフレームが曲がってる・・・。
結局はスピードを出しすぎて、S字のカーブを曲がれなくて、転倒しながら
対向車線の溝に突っ込んだということだ。
僕の車の助手席に乗せると、そのおにーちゃんが、左手首を見せて
おにー:「僕の腕折れてますかね?」
左手首がぼっこり腫れている。
僕:「まぁ、間違いなく折れているので、早く従兄弟に病院に連れて
行ってもらいなさい。んで、君いくつ?」
おにー:「16歳です。免許取ったばっかりで、実は事故ったの2回目
なんです。僕はバイクに向いてないんですかね?」
僕:「向いてるかどうかはわからんが、そう思うならもう止めれば?」
おにー:「ですよね・・・」
ということで、僕は歴史の1ページに浸っていたのだが、
バイク事故の人助けをして現実に戻った日だったのだ。
しかし、夏の北海道は車やバイクに乗ると飛ばしたくなるので、
皆さん要注意ですぞ。
4日土曜日は大学での講義もなく、昼間は普通に過ごしていて、
夜は出かける事に。
待ち合わせ場所は下北沢。
前回行ったのはいつだったかな?
だいたい高田馬場から下北沢へはどーやって行くのだ?
新宿から小田急線に乗り換えて、そんなに時間はかからない。
駅で待ち合わせて、その後街に出てみると、若者が多い多い(^^;)。
大学や専門学校なんかあったっけ?
しかししかし、僕が新宿、高田馬場、恵比寿以外で呑むなんて
めちゃくちゃ久しぶりのような気がする(・・;)。
友人と二人で呑んだ・・・。
結局夜中まで呑んで、友人は下北沢に住んでいるので、
僕は一人で街を散策してみる。
ごちゃごちゃしていて、良きも悪きもおもちゃ箱のような街だ。
土曜日の夜中だというのに、結構閉まっているお店が多い。
今回は二軒ほどに行ったのだが、どちらも路地裏のような
ところにあったので、今後自分一人ではたどりつけそうにないな。
さっぱり場所がわからん。
1日のランチは10年以上前からの仕事関係者で、当年とって四十ン歳の、
素敵なグラフィックデザイナー女性のドリス・○ーさんと1年ぶりくらいに会う。
四ヶ国語を話す才女で、日本に住んでいるのだが、なぜか日本語が
一番上手ではない(^^;)。
今後の仕事話をして、その後僕は恵比寿のオフィスへ。
会議だなんだとやりくりして、一連が終わったので僕は一人高田馬場へ。
ちょいと打ち合わせをしていたところに、仕事仲間であり、友人でもある
映画関係者から電話が入る。
結局高田馬場へ来ていただいて、焼鳥屋さんへ。
しかし、イカ墨汁を食べたい僕は、強引に「次郎亭」へ引っ張っていったのだ。
そこでお客さんで来ていた、年の頃25、6歳のおねーさんと話しをすることになった。
僕はびっくり、ちょいと酔いが覚めた程・・・。
法律を勉強していて、今後の専門を「軍事関係の法律にして行きたい」とのことだ。
「へっ?軍事関係?」そんな若い娘が?マジで自分の耳を疑ってしまった。
その歳でなんでそんな事に興味があるの?この日本で?タブーじゃん!
僕はブログでたまに書いているのだが、そのあたりのネタの時には書き込みが
少ないので、日本人にとってはタブーなのだ。
結局、僕と映画関係者とその娘の三人で、自衛隊の事、F-22の事、辺野古や
基地関係の事、etc・・・。
こんな若い女性と日本の国防についての話なんて・・・。
この一週間で様々な女性と出合った。
沖縄では新聞記者、月曜日には企業コンサルタント、本日昼は四カ国語を堪能に
話す友人、夜は軍事専門の国際弁護士を目指している女性(^^;)。
みなさんパワフルで、一人を除いて当然僕より年下。
当たり前だが僕なんて彼女達の足元にも及ばない(--;)。
若い世代に負けないように僕ももっと勉強しないと彼女達にバカにされるなこりゃ。
自分の人生を「考え直さないと本当にイカン!」と、改めて思った日であった・・・。
26日は帰京する日なのだが、予約してある飛行機の時間は
14時50分発のANA機で、ホテルのチェックアウト時間が10時の為、
初めて「朱里城にでも行ってみっぺか?」と思い、ホテルのフロントに
行き方などをあれこれ聞いてみる。
僕は沖縄には何度も来ているが、那覇市内にある有名な朱里城には
一度も行ったことがないのだ(^^;)。
とは思っていたのだが、25日に辺野古で会った記者さんに電話して、
僕:「昨日の記事はいつの朝刊に載るんですか?」と聞いてみる。
記者さん:「もう今日の朝刊に載ってますよ」
僕:「えっ・・・、さすが、IT社会だ・・・」
夜にホテルで記事書いて、メールで会社に文章とデジカメの写真を
送っていたのだ。
さすがだ、当たり前か・・・。
記者さん:「今那覇にタクシーで向かっているので、お時間あればランチでも」
ということで誘っていただいたので、那覇の国際通りで待ち合わせだ。
聞くと、僕は14時50分発のANA機、記者さんは14時45分発のJAL機とのことで、
お互い同じくらいの時間に空港に行けばよいのだ。
ということでまたまた公設市場へ。
結局二人で市場の二階で生ビール、泡盛、イカ墨汁、真鯛のマース煮、
刺身の盛り合わせなどなど・・・。
ランチ?酒盛りしてしまって、時計を見ると、「あっ、もう14時15分だ!ヤバ!」と
いうことで、二人でダッシュでタクシーに乗って空港へ。
ちょいと酔いが覚めた・・・。
「今度は東京で呑みましょう」と言って那覇空港で分かれるのだ。
結局呑むのか?
違う業種の方々ともこうしてお知り合いになれて、色々話せて楽しい。
僕は大好きだ(^^)。
結局は朱里城には行かなかったが、次回へのお楽しみということか?
ほぼ定刻に羽田に着いて、僕はそのまま恵比寿のシリコンスタジオ社へ。
6日間もPCを開いていなかったら、メールが1000通くらい入っていた
(--;)。
ほとんどがいらない迷惑メールだ。
会社のイッチーが、久しぶりに誘ってくれたので、ちょいとだけ恵比寿で
呑むことにする。
しかし1時間も呑んでないで帰宅。
自宅のPCにもメールがいっぱい入っている。
それを見ているだけでもう夜中だ。
疲れて(呑みか旅行か?)いるので、素直にベッドに入るのだ。
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