10日は飛行機の定時に間に合うように羽田空港へ。
台風の余波で、僕が乗った飛行機が飛んだのは1時間半遅れ。
当然千歳空港に着いたのも1時間半遅れ。
で、北海道暑い(◎◎;)。エアコン欲しいくらい。32度ってなってる。
聞けば、その前まで寒くて寒くて、ストーブを焚いていたらしい。
しかし、10日は暑い。
異常気象か?
高速道路のサービスエリアでメロン食べたりと、気ままな一人での
ドライブだが、車中もエアコン入れないと暑いのだ。
メロンは当然美味い!
ゴールデンウィークに羅臼の浜でダイビングをしてきた。
毎回お世話になるのは「知床ダイビング企画」の関勝則さんと川原あやこさんの二人。
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関さんは知る人ぞ知る、ダイビング業界では有名な水中写真家だ。
今年の冬はテレビや雑誌によく出てたなぁ。すっかり有名人。
今年のゴールデンウィークの水温は0.5度だった・・・。
この水温だと「寒い」のではなく、「痛い」のだ。
羅臼の浜でのダイビングポイントの横では、漁師さん達が普通に仕事をしている。
海に入ると刺し網が普通に仕掛けてあって、カレイやギンポなどの魚が引っかかって
いるところを目にすることができる。
刺し網といっしょにレジャーダイビングができるポイントは世界的に見ても羅臼だけ
ではないか?
この日はタラバガニの子供、流氷に取り残されたクリオネなどなど、
伊豆や海外のリゾートでは絶対見れない生物達がいっぱいいた。
秋くらいにまた行きたい・・・。
行ってきました知床は羅臼、その①
ゴールデンウィークに実家に帰省して、あっちこっちを周った後に知床の羅臼町に行ってきた。
羅臼に行くのは今回で3回目だ。今回僕が行った後に「世界自然遺産」に認定された町だ。
羅臼町はドラマ「北の国から2002」でも、主人公の純が働いていた町で、ロケの名残がいくつもあった。
その一つに「純の番屋」がある。市街にあるのは撮影で使用した物のレプリカで、中は食堂になっている。撮影で使用された本物は、市街地から場所的にも遠く、辺鄙な場所にあったらしく、観光客へ対して説明しにくい為に市街地にレプリカを建てたそうだ。
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中の食堂でトドの刺身を食べてみた。ルイベになっていて、昔食べたクジラの肉にちょっと似ているかな?っていう感じだった。
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前回3年前に来たときは、ウトロの方から知床半島を横断する道路「知床峠」を通って羅臼に入ったのだが、今年は雪がまだまだ残っていたようで知床峠が開通しておらず、除雪作業が進んでいた違う峠を通って羅臼に入ったのだ。
北海道パート⑦
最北端パートⅡって感じです。
最北端の碑の道路の反対側の丘の上に、このような碑がでで~~っんと建っている。
しかも空の方を向いて、、。
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これは何の碑かというと、大韓航空機撃墜事件慰霊碑 なのだ。
昭和63年に、大韓航空機(民間機)がサハリン上空を領空侵犯したとして、旧ソ連軍機が
大韓航空機を撃墜したのだ。民間機をだ。この機には日本人をはじめ、韓国人やアメリカ人がいっぱい乗っていたので、事件当時は米ソ冷戦の真っ只中であったので、すごい国際問題になって、世界中のマスコミが稚内のこの最北端に集まった。「第三次世界大戦が始まるのではないか?」と思ったもんだったなぁ。
この慰霊碑の下の方に小さな募金箱があるのだが、この中から数百円数千円を盗んでいく不届き者が結構いたらしい。この頃は聞かないのだが、何年か前によく聞いた。
こんなことする奴はちょー格好悪いし、立派な犯罪なので絶対止めて欲しい。と、僕は本当に思うのだ。
北海道パート⑥
日本最北端なぞに行ってみた。
当然のごとく「最北端の碑」がある。数十メートル横には間宮海峡を発見した間宮林蔵の銅像も建っている。
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最北端の碑が建っているところより、実は北に位置(数メートル程度)する島?岩?が
すぐ近くにある。
その名前は弁天島。一応名前は島だが、見てみると、どう見ても島には見えない。
岩礁って感じなのだ。当然人間が居住できる広さではなく、いつも海鳥達が群れているのだ。
行った日はやや曇りだったが、最北端にしてはそんなに寒くもなく穏やかな日だった。
さすがにゴールデンウィークなので、道内の各地から観光バスがいっぱい来ていた。
最北端の碑をバックに皆が写真を撮るので、その順番待ちが大変・・・。僕はいつも一人でカメラ持ってちょろちょろしているので、自分が最北端の碑をバックにして映っている写真がない・・・(--#)。なんだかなぁ~~。
北海道パート⑤
道路?道?にはちゃんと名前があって「オロロンライン」という。
天塩町から稚内市までの約70kmの間に信号が一つもない道なのだ。写真のように、見渡しのいい舗装路なので、車を運転しているとついついアクセルに力が入ってしまう。「いかんいかん」と思ってアクセルを緩めると、とたんに後続車に追い越される。自分も結構なスピードを出しているはずなのに、ガンガン追い越される。追い越していく車のナンバーを見ると、本州のナンバーが多いのに気がつく。たまにしか走れない信号のない道が嬉しいのだろう。
「これじゃ北海道は事故減らないなぁ」と思いつつ運転する。
この道を通って、しばらくすると有名な「サロベツ原生花園」(サロベツ原野ともいう)が両側に広がってくる。
写真の左側は日本海で、天気がいいと、利尻富士がはっきり見える。左側はサロベツ原生花園だ。
サロベツ原生花園が一番綺麗な時期は6月なので、ゴールデンウィークだと早くて、一般的な夏休みの時期だと少し遅い。本州以西に住んでいる方々は梅雨の時期に北海道を訪れるのがいいのかもしれない。
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北海道パート④
またまた稚内。写真は稚内公園から見下ろした市街地のだいたいの全景。
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左側に突き出てるのは防波堤。右側のデカイ建物は全日空ホテル下の写真が近くで撮った写真。
これらのすぐ近くからは、利尻や礼文に行く船の発着場がある。
そしてこの建物は全日空ホテル。泊まったことはないが・・・。
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稚内公園は市の丘の上にあって、市街地を見下ろせる。他には色々は碑があったりして、観光名所になっているのだ。
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その一つがこれ、
この写真の碑は何かというと、「9人の乙女の碑」。
終戦直後の昭和20年(1945年)8月20日、ソ連軍による樺太真岡侵攻の最中、勤務する真岡郵便局の交換台を最後まで守り、自らの命を絶った9人の若き女性交換手を慰霊する為に、昭和38年に建立されました。慰霊碑には亡くなった9人の名前、彼女達の最後の言葉となった「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら・・・・・」の文が刻まれています。
前述した文章は http://city.hokkai.or.jp/~waka-cmn/wakkouen.htm から引用させていただきました。稚内公園のその他の紹介はこのアドレスを見ていただきたいです。
しかし、いつの時代でも、戦争って、国の偉そうな老人が勝手に起こして、若者達が死んでいくんだもんなぁ、やりきれないよね。戦争なんて起こさないのが一番だね。
北海道パート3
北海道を訪れる機会があるならやはり、最北端の街稚内市を訪れていただきたい。
僕は決して稚内や北海道の広告を請け負っている人間ではないんだけどね。
稚内市は人口が約4万人の静かな港町で、道路標識などにはロシア語も書かれていたりする。蟹を積んできたロシア船が、帰国するときに、日本の中古車を縦にしたり横にしたりしていっぱい積んで帰るのだ。「よく船が沈まないなぁ?」と思っていた。まぁ、日本では廃車になるような車も、世界のどこかでりっぱに走っているのなら全く悪いことではない。日本人はなんて贅沢なんだろ???
何年か前には「稚内に来るロシアの船が、蟹とトカレフを持ってくる」と、何かの本に書いてあったのを読んだことがあったが、船員さん達はいい感じのおにーちゃんやおっちゃんが多くて、そんな記事には全員が当てはまらないと僕は思うのだ。
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写真は稚内駅。日本の最北端の駅。さすがに無人駅ではない。
ここから日本全国に線路が張り巡らされていると思うと、ちょいとだけ感動・・・は、
しなかったな。実家が近いとすぐ来れるからね。
この写真を撮った後は、すぐ近くの市場で職場であるシリコンスタジオに送るための、
蟹を物色。市場のおやじが、「もってけドロボー、送料込みで1万円だぁ~」ってがなっている。今時「もってけドロボーなんて言ってるところがすごい」と思ったが、蟹セットの内容はもっとすごかった。タラバ蟹、毛蟹、ズワイ蟹などいっぱい。「これが送料込みで
一万円なら確かに安い」とは思ったのだが、一応「ズワイをもう三匹入れてよ」とリクエストしてみたら、これが、なんとあっさり「いいよ」の返事・・・。
稚内って日本だよなぁ?東京では何万円もするような蟹セットが一万円。それも送料込み・・・。さすが稚内。しかし、これでいいのか稚内。
北海道の写真パート2.。
この写真はJR宗谷本線勇知(ユウチ)駅。抜海駅の隣の駅。何がたまげるかっていうと、
駅の建物?は、実は使われなくなった汽車の車両、が一両・・・・・・。
さすがに笑ってしまった(^^)。当然無人駅。
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抜海駅の周りは民家が一軒あるだけなのだが、勇知の駅の周りには郵便局(だったかな?)や民家が数件あったので、勇知の方がまだ都会なのか?しかしコンビニはあったかなぁ?記憶にない・・・。
北海道の田舎巡りはマジで飽きなくて楽しい。北海道はススキノだけではない!
今年のゴールデンウィークに北海道の実家(稚内の近く、天塩町)に帰省したときに、車であっちこっち周って写真を取ってきた。今日はその1枚。
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抜海(バッカイ)という小さな港町にはアザラシの看板がある。昨今のタマちゃん(アザラシ)ブームで、本州から観光客が増えた為だ。毎年冬になると日本海が荒れるため、抜海の港の入り江には普通にアザラシが集まって休んでいる。残念ながら僕が訪れたゴールデンウィークの季節にはもういなくなっている。
地元の人たちに話しを聞くと、「な~んであんなもん観にわざわざ内地から来るんかねぇ~?、そこら辺に普通にいるど」とのこと。地元の人たちにとっては何気ない風景の一部が観光材料になったのが不思議でやまないらしい。
なんでも、看板は、内地からの観光客が港に来るたびに「アザラシってどこにいるんですかぁ?」って漁師さん達に聞いてくるので、仕事にならなかったときが数ヶ月続いたらしく(観光客はそんなに多かったのか?)、それで町が作ったようだ。
ちなみにこの写真はJR宗谷本線抜海駅。寂れた(失礼!)無人駅。
ちょいと遠くからこの建物を見ると、とても駅には見えません。
宗谷本線は、稚内→南稚内→抜海→勇知→・・・と続いていくのだ!
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